先に、
“姓”も、
即ち、物部弓削守屋が父方の物部姓だけでなく、
ただ「弓削大連(
称する場合があり、
「林臣(はやしのおみ)」(『日本書紀』)とか、
呼ぶ例があったことなど。
どちらも、
女系も独自の血統と認める、
とても説明できない。
これに関連して、
日本最古の仏教説話集『日本霊異記』(
興味深い物語が収められている。
第29代欽明天皇の時代、美濃方面のある男が、
ところがある時、
正体はキツネだったことが露見。
そこで、その児は「狐直(きつねのあたえ)」
姓を称することになった―と。
いかにも他愛のない、
勿論、史実ではない。
だが、
シナの男系主義とは異なる、わが国の「双系」
伝統を示唆していよう。




















